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游(ゆう)の万葉集と万葉天地

 第2回 「万葉集と耕游(こうゆう)」  令和三年文月

文月はまさに文(ふみ)を認(したた)めたくなる月ですが、認めるというと筆でというのが一番ですね。このエッセイも筆で認めたかったです。

さて、「万葉集をひとつの漢字で表すとしたらどれになりますか」というような唐突な質問が来たら、しばらくはそれを考えて、ほとんど役にたたない無駄に見える日々を“楽しく“過ごせそうです。「役に立たない、無駄にみえる」というのは現代人の感覚であり、万葉の時代の時の流れはゆったりしていたと想像できます。でも、あえて現代風に「即答」するなら「耕(こう)」が浮かびます。

万葉集の時代は645年の大化の改新(乙巳の変{いっしのへん})ころから、万葉集が成立したと思われる780年までの約130年間と言われています。白村江(はくすきのえ、はくそんこう)の戦い(663年)で唐に大敗した後、律令制を導入し、強力な中央集権の国作りを目指し、定着させた時代だったとも言えます。

大宝律令(701)には中央の組織だけではなく、地方に国司を派遣し、郡司を任命し、戸籍をつくり,班田収授法によって口分田を与え、その収穫物として租(税)を徴収することが載っています。まさに「耕」の意味する「土を耕し、田畑を整え、農事に務める」ことを推進した時代だったわけです。

時はゆったりと流れていたはずなのに、何とダイナミックに、何と短期間に律令国家を作り上げたことでしょう。万葉集が詠われた場所が奈良以外に多いのはこの国作りのために多くの役人が地方に赴き、そこで歌を作ったからです。万葉集は日本最古の和歌集で、文学的価値はもとより、この時代の忖度のない歴史書として、また、当時の方言(東歌や防人の歌)まで知ることができる第一級の資料なのです。

 

ここで、万葉(まよ)ちゃんのお父さんの狩野誠さんの話になりますが、戦後、黒姫の地で、土を耕し、有用な植物を育てようとしたそうです。そこはクマザサだらけだったそうです。おそらく、万葉の時代の人たちと同じ苦労をされたことだろうと想像できます。「耕」は重要な役割を果たしたことだろうと思います。そして、もちろん、狩野誠さんはそのクマザサを「えんめい茶」の原料にされたのです。

最後に、もうひとつの漢字の「游(ゆう)」ですが、これはわたしのペンネームです。サンズイです。「遊」と同じ意味もありますが、さらに深い意味があります。これについては、またの機会にお話しさせていただきます。ただ、「耕」と「游」を組み合わせた「耕游(こうゆう)」というのは実はわたしの書道での雅号なのです。そして、今回、「万葉天地」の字を書かせていただきました。「耕」の漢字の意味と万葉集のことに思いをはせながら書いた書なので、少し、目を止めてご覧いただければうれしいです。(游)

吾意在野游(あいざいやゆう):自称「万葉集大好き人」

11年前までビジネスの第一線で働き、現在は経営コンサルタントで作家。万葉集を楽しむ会主催:15教室約200人。茶道、華道、香道、書道をたしなみ、茶道、香道、着物の着付けを教えている。英語、ドイツ語を話し、外資系企業の経営経験者だが、現在はほとんど着物で過ごす。兵庫県出身。関西学院大学文学部史学科卒。同大学卒の夫と横浜市磯子区に住む。書は文部科学大臣賞受賞

 

著書:「魂を抱きしめて―桜子」「千日紅の咲きし宿の湯」「恋忘貝-万葉ことば巡り」。

🌸万葉集を楽しむ会はリモート(SKYPE)で開催。興味のある方はご連絡ください。 

パソコンメールpaksara3t@r7.dion.ne.jp  🌸

 

第1回 「万葉集と万葉(まよ)ちゃんとの出会い」  令和三年水無月

長年、会社勤めをしていましたが、60歳で会社を辞めて作家デビューしました。その後、ご縁があって、「万葉集を楽しむ会」を開くことになり、草花に焦点を当てて万葉集をご紹介し、時代背景や歴史などをお話ししています。教室は全て、ご縁と口コミで増えました。その中に群馬県太田の教室があります。酒造りの会社が健康食品も扱い、酒蔵を改造して「かぜくら」という喫茶店を作ったそうです。横浜の友人Y子ちゃんがその家に嫁ぎ、イベントの企画・運営に携わっています。群馬県の太田といえば、万葉集に東歌二首「新田山(にいたやま)」が詠われています。その「かぜくら」で、2016年6月から「万葉集を楽しむ会」を開いています。

ある日、Y子ちゃんが「長野県の方が次回来られます」「わざわざ長野から」「そうなんです。しかも本名が万葉集の万葉と書いて「まよ」と読ませるみたいです」わたしは「万葉(まよ)」という名前から、おとなしそうでじみな方、でも、しっかりした方だと予想していました。ところが、現れた万葉(まよ)ちゃんは、しっかり部分は合っていましたが、華やかで活発な美人でした。お父さんが万葉集が好きでその名前をつけたとのこと。その後、東京の上野教室開講とともに、万葉ちゃんは上野教室へ、そして、今はリモートでご参加くださっています。

吾意在野游と万葉ちゃん:令和二年湯島天神節分祭

万葉集は約4500首あり、天皇から貧しい人までの歌があり、防人の歌や東歌があることでも有名です。でも、植物が詠われている歌が3分の1もあることはあまり知られていません。わたし(游)の万葉集を楽しむ会はその植物に焦点をあてて、歌を紹介するので、「花好き」の方も「とっつきやすい」ようです。

万葉の時代、植物は食用としてはもちろんのこと、有用(生活に役立つもの)として、薬用、染色用、衣料材料、用材、縁起用として使われました。NHKの大河ドラマの「青天を衝け!」では渋沢栄一の実家が藍を生業としていたことが描かれていますが、染色用として、当時は全国で紅花(ベニバナ)が栽培されていました。先日、マンションの下のパティオで蓬が入った柏餅を買いましたが、蓬も柏も万葉集に詠われています。食用、薬用については万葉ちゃんのお父君が信州の地で、山野草に注目し、研究を重ね、人々の健康のために「えんめい茶」を創られたのはご存知の方も多いと思います。

万葉ちゃんとの出会いは天国の誠さんが導いたものですよね。誠さんに感謝しながら、そして、その誠さんの遺志をついで健康に良いものを作り続けている狩野家のみなさんに敬意を表し、このエッセイを書かせていただくことにいたしました。

また、「万葉天地」といいう和紅茶を世に出されたとのことなので、これからは「万葉天地」を飲みながら、游のエッセイを読んでいただければ、きっと万葉の世界に浸れるはずです!(游)

 

            

 

吾意在野游(あいざいやゆう):自称「万葉集大好き人」

11年前までビジネスの第一線で働き、現在は経営コンサルタントで作家。万葉集を楽しむ会主催:15教室約200人。茶道、華道、香道、書道をたしなみ、茶道、香道、着物の着付けを教えている。英語、ドイツ語を話し、外資系企業の経営経験者だが、現在はほとんど着物で過ごす。兵庫県出身。関西学院大学文学部史学科卒。同大学卒の夫と横浜市磯子区に住む。

著書:「魂を抱きしめて―桜子」「千日紅の咲きし宿の湯」「恋忘貝-万葉ことば巡り」。

🌸万葉集を楽しむ会はリモート(SKYPE)で開催。興味のある方はご連絡ください。 

パソコンメールpaksara3t@r7.dion.ne.jp  🌸

 

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