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ニコルさんからの便り

微笑

黒姫在住CWニコル先生が亡くなって3年がたちます。

日本を愛した英国人であり、今も忘れ難き青い目の野武士のような人でした。

 

 

狩野先生にお会いしたのは、私がはじめて黒姫に移ってきた九年前のことであった。

たまたま先生は私と同じ空手の流派で、先輩にあたることがわかった(空手だけでなく、

ほかのあらゆる点でも先輩なのだが)。あれこれしゃべっているうち、ふと先生の視線が私の手首に落ちた。その日の朝マキのストーブをいじっていて、ちょっとやけどをしてしまったのである。「キュウリをすったもので湿布すりゃ治るよ」と言われて、先生の帰られたあとさっそく試してみた。効果はてきめんだった。キュウリの湿布は本当に

よく効いたのである!

実際に効くということ、これこそ、本書のもっとも大きな特徴であり、重要な点であろう。

ヨーロッパでも、薬草とか自然療法については大昔からの伝統があった。だが残念なことに、その多くは、それが正しかろうが間違っていようが関係なく、異教の伝統として教会の手によって抑えられ、消滅の憂き目にあっている。キリスト教以前にケルト民族に伝わっていた古代の諸宗教と、それは強く結びついていたからである。

私の祖母はケルトの地を濃く受け継いでいた。そのせいであろう、彼女は自分だけの

お気にいりの自然療法を無数に知っており、しかもそれを実に効果的に役立てていた。

子どもだった私も祖母のそばについて、そうした薬草や療法のことをいろいろ教えてもらったものだ。それこそごくわずかな知識ではあったが、このことがのちになって二年間エチオピアの人里離れた山奥で狩猟監視官をしていたときに、おおいに役に立ったのである。同地では「近代的」医療品などはあまり手に入らなかったし、しかも私が国立公園に作った小さなクリニックには、病気や怪我をかかえてくる人びとがひきもきらず訪ねてきたからである。

あのとき、もし狩野先生の書かれたこの本があったなら、どんなに助かったことだろう。それでも私は、祖母から教わったあのごくわずかな知識を頼りに、人々の目の病気をなおしたり、敗血症の恐れのある傷の消毒とか、サナダムシや頭痛の治療さえやってのけたものだ。歯茎の炎症とか、痛みの激しい関節炎などもなんとか治してやった。

当時の私の知識ときたら、本書につまっている情報にくらべたら、ほんの微々たるものでしかなかったのだったが。

八年前、四十二歳になったばかりのとき、私は心臓発作をおこし、それに続いて長いこと不整脈に悩まされた。その後数年間というもの、さまざまな近代医薬品を服用し続けたのだが、状態は悪くなる一方だった。その間も、ずっと私は体を動かすのをやめなかった。マキを割り、空手の稽古をやり・・・・・・。

やがて私は、すっぱりと近代医薬品の世話になるのをやめた。その時点で病状はやや改善にむかったようだった。それから私は四ヶ月ほどスペインのガリシアに旅し、そこで暮らした。殺虫剤などかかっていない野菜をとり、良い魚、良い肉をおいしく食べた。海岸で走り、空手を稽古し、冷たい海で泳ぎ、長編小説を書き上げた。四ヶ月後に日本に帰ってきたとき、心臓の不調はすっかり消えていた。そのあと今まで二度と心臓に苦しめられることもない。

ふだん私たちがとっている食べものや飲みものの多くには、さまざまな添加物が入っており、無数の健康障害をひきおこし、或いは悪化させている。もし人間が自然に沿った暮らし方していたならば、そうしたものとは絶対に無縁であったはずだ。かつて人々は自然に接して生き、そのライフスタイルや食べものは自然の規制を受けて、巧みにバランスがとれていた。いまの人たちは、上等な食物はスーパーマーケットでしか買えないと思い込んでいるし、健康や薬もまた薬局でしか買えないと考えている。

狩野先生が半生を通して努力されてきたこと、それは肉体的健康のみならず精神的健康を保つための『古くてまた真なる』方法を、みずからも生き、また他人にも教えるということであった。

いま、この『古くてまた真なる』という言葉は、日本でもヨーロッパでも、超現代的な言葉となってきているではないか。

本書をとって頁を繰っていると、まだまだ私の知らないたくさんのことがあるのに気づく。それでも見ているうちに、なんとも温かな郷愁に包まれてしまうのはどういうわけか。本書に書かれている内容のいくつかは、まさしくはるか昔、ここよりはるか離れた、地球の反対側のウェールズで、祖母がよく語り、また実行してきたものなのである。

私たちは決して忘れてはならない。ペニシリンのような、もっとも革命的な「近代的」医薬品は、すべて自然の物質にその起源を持っていたことを。

さらにまた、本書の語るもうひとつのことにも心をとめてほしい。私たちをめぐる世界をふたたび見つめなおすこと、それにふさわしい愛情をもって自然をはぐくむことがいかに大切であるか。それを忘れていたなら、いまに私たちは、心においても、体においても、そして魂においても、病人になってしまうことを、本書は教えているのだ。

 

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